糸の撚り方向
スピンドルで糸を紡ぐときの撚り方向は、作り手にとって大きなテーマである。スピンドルを時計回りに回すと、糸はZ撚りと呼ばれる撚り方向となり、反時計回りに回すとS撚りとなる。もし知らない間にS撚りとZ撚りの糸が混じって布を織ってしまうと、意図せず凸凹の皺ができてしまう。逆に両方の撚り糸を効果的に使い、シボ感や立体的なテクスチャを表現することもできる。
手紡ぎ手織りの場合はS撚りで紡がれた糸が多いようである。それに対し、機械紡績の糸はZ撚りが多いようである。かつてヨーガン・レールはインドの手紡ぎ手織り布「カディ」について、現地のカディ組合の長老の話として「カディの糸はよりの方向が左になり、機械紡績の場合は右よりになる」と記した。右・左の表記をS・Zの撚りにどう対応させるかは悩みどころであるが、機械紡績ではZ撚りが主流であることを考えると、おそらく手紡ぎであるカディはS撚りということになる。私が昨年の冬、インド・カッチ地方の糸紡ぎ風景を見学した際も、女性たちはチャルカをS撚りで回していた。
機械紡績ではZ撚りが主流であるのはなぜだろう。ネットで調べてみると、それは木綿の繊維ひとつひとつに自然の撚りがかかっており、その撚り方向がZ撚りだからだという。自然の撚り方向に合わせて産業革命の初期から、紡績機はZ撚りが主流であるという。
糸から縄の世界に視点をうつしてみよう。日本では、日常に使う縄はZ撚り繊維をS方向に諸撚り(国内では右撚りと称す)にして作られる。いっぽうで、注連縄、棺縄、横綱などの非日常の縄はS撚り繊維をZ方向に諸撚り(同じ慣例によって左撚りと称す)にして作られる。もっとも、縄を作るときは「綯う(なう)」と言う。
さらに自然界に視野を広げてみる。植物の蔓の伸びる方向は、ホップはS方向でアサガオはZ方向。巻貝ではサカマキガイ、キセルガイなどはS方向、その他海産の9割はZ方向である。
もっとスケールを大きくして、「撚り」を「回転体」という概念に置き換えてみると、台風や轆轤、独楽なども関係項に入れることができる。
台風や竜巻は、地球の自転運動によって北半球では反時計回り(宇宙から見て)、南半球では時計回りとなる(例外もあるらしい)。(宇宙から見て)と括弧したように、地上からみればそれは反対の回転となる。つまり、視点を回転体の上に定めるか、下に定めるかによって、方向は逆になる。回転それ自体には右も左もない。
参考
尾関 清子『縄文の布 日本列島布文化の起源と特質 増補版』雄山閣 2018
『ヨーガン レールとババグーリを探しにいく』PHP研究所 2009
滋賀県東北部工業技術センター(https://www.hik.shiga-irc.go.jp/info/instructions/textile_iroha/textile-1)
九州大学(http://mg.biology.kyushu-u.ac.jp/Yoneda_DB/J/physiology/tsuru.html)名古屋市消費生活センター(https://www.seikatsu.city.nagoya.jp/anzen/complaint/article/12)
気象庁(https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/typhoon/1-2.html)
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